2010/01/01

初心に戻り、固執せず、やるべき事をやろう


政治がとても不安定な時代となりました。

賞味期限の切れた自民党にまかせたままにしていくよりは、不慣れでも、政策に不安が多くとも、民主党の方がまだマシであろう…。

多くの人はそう思い、自民党を見限りましたが、民主党の不慣れさ、不安感は予想以上で、自民に戻すべきとも思えないものの、不安で不安で仕方ない…。

そういう年の瀬です。

当面不安な情勢は続くでしょう。
なにせ経験値がほとんどゼロの政権なのですから、ある程度の試行錯誤は仕方ない。歩みが遅くとも、そこは国民も覚悟を決めて、当面は我慢するしかないのでしょう。

マスコミは献金問題を大きく騒ぎ立てていますが、私はそれはあまり気にしないでいいと思っています。
自民党がこれまで大々的にやってきた金集めに比べれば、たいした問題ではない。
もちろん最終的には法廷できれいに決着を付けて欲しいとは思いますが、そこを騒ぐことで国政が後回しになるようでは、日本のためにならないと思います。

それよりも今急いで問題とすべきは「日本の将来」であり、「日本人の暮らし」です。

民主党の政治は、まだその肝心なあたりが曖昧です。

どういう社会を目標とするのか、何を優先し、何にこだわるべきなのか。
そういう論議をもっとしないといけないはずです。

残念ながら、現在、与野党間ではそういう話ができそうにありません。
だとしたら、それを切り開くべきなのは、新聞であり、マスコミではないのでしょうか。

残念なことに、最近、新聞の社説もまた、非常に低迷しているように感じられます。
朝日新聞の社説も、読売新聞の社説も、読み応えがありません。
どちらもその立ち位置があまりに古めかしく、頑固な老人が繰言を並べているようにしか感じないのです。

むしろ思想的には中立に近い日経新聞の社説の方が、内容的にしっかりしている気がします。

自民という政治システムは崩壊し、日本は生まれ変わろうとしているのですから、既存の立ち位置にしがみついた意見では、おそらくは何も生み出せないのです。

既存の立ち位置を捨て、初心に戻って、清廉な気持ちでやるべきことをやる。
何にもしがみつかず、正しいと思えることを自らを制して行っていく。

今年はそういうことが求められていくのではないでしょうか。

2010年1月1日
21世紀の公園で・管理人(ちゅん)

2009/10/20

天才ゆえの葛藤か 加藤和彦さん最後のインタビュー
加藤和彦さん30代“内縁の妻”遺産相続…密葬で遺影抱き
加藤和彦

日本のPOP MUSICを先導してきた人でした。

『軽井沢のホテルで首吊り自殺した男がいて、どうやらそれは加藤和彦らしい…』

17日に流れたニュースを読んで「まさか」と思い、間違いであってくれと祈りました。
しかし、それは本当のことだったようです。

「帰って来たヨッパライ」「イムジン河」「あの素晴しい愛をもう一度」「タイムマシンにお願い」「黒船」「パパ・ヘミングウェイ」「うたかたのオペラ」「ベル・エキセントリック」「あの頃、マリー・ローランサン」「ヴェネチア」…。

どれを聴いても天才としか思えない、ひらめきが詰まった音楽たち。
そのどれもが、時代の一歩先を捉えた音空間でもありました。

最近はアルフィーの坂崎幸之助とのユニット、和幸(かずこう)によるアルバムも出しており、まだまだいろいろやってくれそうな感じがあったのですが…。

本人の中では様々な葛藤があったようです。

「音楽でやるべきことがなくなった」

「世の中が音楽を必要としなくなり、もう創作の意欲もなくなった。死にたいというより、消えてしまいたい」

鬱を患っていたがゆえに、自分を追い込んでしまったのでしょうが…。

加藤さんは死の数日前、「10人近くの親しい知人あてに貴重なギターコレクションを贈っていた」そうです。

衝動的というより、考え詰めた末の選択だったのかもしれません。

「同じ事は二度とやらない」をモットーに音楽を作ってきた人ならではの拘りの結論だったのでしょうか。

17日、18日と、加藤和彦氏のソロアルバムとサディスティック・ミカ・バンドのアルバムを通して聴き直しました。

ふと思いました。

いつもにこやかな笑みを絶やさない人だったけれど。

いかにも慕われるべき人柄と、女性にもてそうなオーラを人一倍持っていた人だったけれど。

もしかすると、日本の音楽界を常に先導してきて、誰からも尊敬を受けてきた人がゆえに、対等に付き合える、気を緩めた付き合いが成立しにくい人でもあったのかもしれないな、と。

天才であるがゆえの孤独。

それは確かに加藤和彦にはありえることのように思えます。

「彼ほど自殺が似合わない男はない」と知人の誰かがもらしたそうですが、私も確かにそう思うのです。

しかし、誰もにそう思わせる人であっただけに、ひとたび死を考え始めたとき、自分だけであっさりと結論を出してしまったのかもしれません。

謹んで冥福をお祈りいたします。

2009/07/11

「ドラクエ」へとつながるルーツ ゲームの進化をたどる(上)
300日かけてゆっくり進むドイツ製ブラウザーゲームの魅力
「スター経済」がネットユーザーにもたらす副作用

ゲームが変える生活と未来について考える。

「新清士のゲームスクランブル」というWebで連載されているコラムをいくつか読みました。
で、その中から特に気になったコラムを3つ、ピックアップしてみました。

私はかつて、ボードゲームのレビュー記事を専門誌で連載したり、ファミコンゲームの開発に関わってきたことがあります。
ゲームにはまり、夜更かしを繰り返していた時期も(何度も)あります。
しかし、この数年、日常的にゲームと関わることはほとんど無くなっています。

ゲームは楽しいですし、優れたゲームシステムで出会ったときの感動や、頭脳戦を要求されるゲームをクリアできたときの爽快感は忘れられません。

しかし同時に、ゲームはある意味空しい行為であることも多く、また、不必要な競争心や嫉妬を生む場合もあり、健全にゲームを遊ぶことは、その楽しさを知る人ほど難しいものだと思います。

それだけに…。

鈴木銀一郎氏が今も74歳で現役ゲームデザイナーを続けてらっしゃることに、とても驚きました。

彼がゲームデザイナーとしてデビューしたのは46歳だったと記事にあります。
私はその当時、おそらく30代の方だろうと勝手に思い込んでいましたから、2重に驚きました。

ドイツのブラウザーゲームの話も興味深かったです。

記事には書かれていませんが、ヨーロッパには、メールゲームという伝統もありまして、ゲーム盤を双方の家に置いておき、郵便で次の1手を送っては、また次の1手が相手から送られてくるのを待つのです。

遠方の友と、半年もしくは数年をかけてゲームを続ける…。

そういう歴史的な素地があるからこそ、こうしたのんびりしたゲームもありえるのかな…と思いつつ読んでいたのですが、どうやら途中からはどんどん忙しくなっていくようで。

いずれにせよ、このコラムを読む限り、万人向けのゲームではない気がしますが、しかし、こうしたゲームに熱中する人がたくさんいて、ビジネスとして成り立たせていけるということに、私は興味をそそられました。

それは日本とドイツの文化的な差でもあり、ブロードバンドの普及率の差でもあり、しかし確実に、インターネットによる新しいビジネスの形態でもあります。

課金によるオンラインゲームシステムが、今後どのように変化していくのか、とても気になるところです。

そして、3つ目の記事は、言わばゲームの負の部分の話です。

面白いゲームは、ほぼ必ず、どこかで競争原理が働きます。
単純な勝ち負けもあれば、誰が最も注目されたかという人気勝負になる場合もあり、そうした競争原理が過度に働き始めると、次第に人の心はすさみ始めます。

また、ユーザ間のコミュニケーションも、ある程度までは居心地の良さ・楽しさを作ってくれますが、これも過剰になるにつれてストレスに変わり始めます。

どちらもゲームだけの話ではなく、現実の生活でも起こりえることなのですが、「ゲームは楽しい」「コミュニケーションは楽しい」という意識で参加していた人にとっては、現実以上のギャップとなってしまい、深刻な後遺症を残します。

楽しい世界から「ほどほどの距離」をキープしていくことは、とても困難なことです。
私もかつて何度もそれで痛い目にあっていますし、今後もそれで悩む人は増えていく一方でしょう。

「適度な関わり方」を学ぶことは、もしかしたら現代人にとって、最も大きな課題なのかもしれません。

2009/06/26

ポップの王様、マイケル・ジャクソンさんが心臓発作で死去
M・ジャクソンさん、病院に搬送され死亡…米メディア
マイケル・ジャクソンさん死去 ロス郡検視局が明かす

マイケル・ジャクソンの訃報…50歳で。

> 82年に発表したアルバム「スリラー」は全世界で1億枚以上を売り上げ、ギネスブックで「世界で最も売れたアルバム」に認定される歴史的なヒットになった。

> 今年夏からロンドンで復帰公演に臨む予定で、チケットも売り切れが続出するなどファンの高い期待を集めていた。

いろいろあった人ですが、「スリラー」「ビリー・ジーン」「ビート・イット」は、今観ても、震えが来るほど素晴らしいです。
歌も、音楽も、ダンスも、全てが他を圧倒していました。

「HISTORY ON FILM VOLUME II」というDVDは、これまで何度繰り返し観たことか。

今夜もこれを観ることにしたいと思います。

2009/06/04

【大阪】ヤン坊マー坊を描いて50年

ヤン坊マー坊は、子供の頃から好きなキャラクターでした。

ある時期、思ったことがありました。

「ヤン坊マー坊の天気予報の動画も、いつのまにか結構凝ったものになっているなぁ。昔のそれは、素朴な感じが良かったけど、最近の凝ったものもいい雰囲気を残してるなぁ。こういうのって、どれぐらいの人数で作ってるんだろう?」

その答えがこの記事で分かりました。

昔も今も、生みの親の中邨靖夫(なかむら・やすお)さんが、全部お一人でセル画を描いてるのだそうです。

「いい雰囲気を残してる」のも当然でした。

6月1日で、ヤン坊マー坊の天気予報も50年。19歳からずっと描き続けてらっしゃる…。

ただただ、凄いなぁ、と思います。
中邨さんも、スポンサーのヤンマーも。

写真を見て、いかにもヤン坊マー坊の親らしい、優しそうな雰囲気の方だなぁと思いました。

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