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2008/03/27

新銀行東京 都民も首かしげる追加出資(3月27日付・読売社説)
追加出資可決―「石原銀行」延命の重い罪
社説1 都民にツケ回した「石原銀行」救済の罪(3/27)

自民公明は何故、新銀行東京への追加出資を認めたのか?

大手新聞社の社説を並べると、ほぼ全ての新聞が追加出資に反対していることが分かります。
常に自民に辛い朝日はもちろん、常に自民に甘い読売すらも「都民の理解を得られるはずがなかろう」と切って捨てています。

読売新聞の世論調査では「73%が追加出資に反対」だそうです。
少なくとも、追加出資によって黒字化するという主張を鵜呑みに信じている人は、ほとんどいないでしょう。

私は石原都政の行動力を、基本的には支持していますが、しかしこの新銀行に関してのみは、全く理解できません。

しかし自民と公民が賛成に回ったことで、追加出資が明日成立しようとしています。

おそらく鍵は、ここにあると思います。
「新銀行の清算には一千億円かかり、取引先も破綻する。追加出資以外に選択肢はない」

要するに、新銀行から金を借りている取引先には自民系が多く、新銀行を清算させると、自民の政治家のダメージが大きいということなのでは?

更に言うなら、新銀行への出資金を湯水のように使い、懐に入れちゃった人って、実は自民系の人が大半だったのでは?

あくまでも想像でしかないし、自分でもうがち過ぎかなぁと思わないでもないのだけれど、でも、そういう理由でもなかったら、とても現時点では、追加出資には賛成できないよね。

石原さん自身は、おそらく意地になっちゃってるんだろうなぁと思うんだけど、意地で税金注ぎ込んで、それで都政が破綻したら、それこそ最悪のシナリオだよ。。。
石原さんにとっても、都民にとってもね。

2008/03/22

国際社会の目厳しく チベット騒乱 海外主要メディアの社説・論評
チベット「弾圧」、印象操作に騙されてはいけない

各国の新聞の論調は厳しいが、政治的には傍観しているような。。。

チベットに関する主要国の新聞の論調を産経新聞が紹介しています。

ほぼどの国も中国に対して厳しい論調ですが、しかしこの論調の厳しさに比べ、どの国の首脳からも厳しい言葉が出てきていないように感じます。
総じて見ないふりに徹しているような印象です。

五輪の運営委員会もボイコットをしないようにと促すばかりで、政治とスポーツは別物と見ているようですが、果たしてこれで良いものなのでしょうか。

一方、個人選手からは参加中止を検討しているようなコメントが少しずつ出てきています。

記事の最後に中国の新聞からの抜粋が載っていますが、私は読んで、とても嫌な気持ちになりました。

2008/03/19

「2001年宇宙の旅」アーサー・C・クラーク氏が死去
SF作家のアーサー・C・クラーク氏が死去
アーサー・C・クラーク氏死去=SF小説「2001年宇宙の旅」の巨匠

90歳だったそうです。合掌。

実は、私は彼の作品をあまり読んでいません。
しかし、学生時代、キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」にぞっこんだったこともあって、常に「SF作家」の代名詞的な作家として強く認識していました。

(ただし、クラーク氏がキューブリック監督の映画に強く不満を抱いていたことも有名な話です。キューブリック監督にとって、小説は映画の素材に過ぎず、その解釈は小説のそれとは大きく異なっていたからです。)

宇宙旅行を題材にした硬派なSF小説は、最近ではあまり見かけなくなってきています。
映画やビデオでは、特殊効果を凝らした映像が見せ所になるので、結構多いのですが、その大半は、「サイエンス・フィクション」ではなく「スペース・ファンタジー」と化したものです。
これは、良くも悪くも、スターウォーズの功罪でしょう。

本来のSFは、「大胆な仮定」と「繊細な科学的ロジック」によって、「驚くべき新たな視点」を導き出すものだったと思います。

しかし、そういう小説は、読むには疲れるのも事実で…。

SF(サイエンス・フィクション)とは、「科学の発達が希望に満ちみちていた時代」ならではの作品群だったのかもしれません。

(ついでに言うなら、最近のSFは、「サイキック・ファンタジー」が主流になっている気がします。)

2008/03/18

イラク戦争5年 米国の力の低下が心配だ(3月17日付・読売社説)
イラク戦争5年―大失敗をどう克服するか(3月18日付・朝日社説)
アルカイダとの関係なかった=旧イラク政権に関する米報告

イラク戦争をどう乗り越えていけばいいのか?

最初のリンク記事は読売新聞社の昨日の社説で、2つめのリンク記事は朝日新聞社の今日の社説。
どちらもアメリカの国力低下を心配する内容ですが、イラク戦争に対する評価は、2紙に大きな差があります。

イラク開戦以降、「大量破壊兵器は、結局存在しなかった」「アルカイダとフセイン政権は無関係だった」という報告書が米軍によって作成され発表されています。
特に後者は先週改めて発表されたものですから、2紙の社説はこれを意識してのものでしょう。

イラク開戦当時のアメリカの主張であった「イラクは大量破壊兵器を隠匿している」も「フセインはアルカイダ支援者」も事実ではなかったわけですから、「イラク戦争そのものが間違いだった」と考えるのが自然ではないかと私は思うし、朝日も「歴史的な大失敗」であったことを前提に、そこから「抜け出す道を見つけなければならない」と主張しています。

一方、読売は、そうした事実を認めながらも、「大量破壊兵器が存在しないのであれば、それを挙証して戦争を回避できたはずである。それをしなかったフセイン政権の側に、戦争を招いた非がある」と言い切っています。「当時の状況では、米英が武力行使に踏み切り、日本がそれを支持したのは、やむを得ない選択だった」とも。
つまり、イラク開戦は正しかった…と読売は今も考えているのですが。

しかし、それは開戦の理由として適切なものでしょうか?
本当に開戦しか選択肢は無かったのでしょうか?

15万人以上の死者と400万人の避難民を正当化できる開戦理由だとは、私にはとても思えません。

少なくとも、開戦の前に、より粘り強い交渉を行いつつ、より緻密なデータ収集を行うべきでした。
少なくとも、あれほど急いで戦争を始めるべきではありませんでした。

イラク戦争以前のアメリカは、「アメリカの正義」を「普遍的な正義」と主張する、言わば、青臭い正義のヒーローであったと思います。

青臭さにうっとおしさを感じつつも、基本的には、まぁ良かれと思ってやってるんだろうし…と信用することができる存在でした。

しかし、イラク戦争によって、アメリカは「大儀のためには嘘も平気でつく」存在となってしまいました。

国際社会でのアメリカの信用の失墜は、イラク国内の混乱以上に、深刻な事態だと思います。

アメリカは、まず失敗を認めることから始めなければならないでしょう。
読売のように「それでも必要なことだったのだ」と主張し続けるようでは、おそらく、信用の失墜は止まらないと思います。

ちなみに、最近は「9・11はアメリカの自演だった」という説は鳴りを潜めていますが、それでも一部には「アルカイダは、実はアメリカCIAの下部組織ではないか」という説もあるぐらいで、イラク開戦に至る様々な情報には、あまりにも懐疑的な内容が多過ぎます。

イラク戦争において明確な事実とは、死者や避難民の多さ、未だ混迷なイラク情勢、そしてアメリカの信用の失墜だけなのかもしれません。

2008/03/17

煙じゃないよ 花粉だよ
白い煙のようになって飛散するスギ花粉

写真が…あまりにも凄いです。。。

花粉症の人(私を含む)にとって、悪夢のような写真です。

国はどうして抜本的な対策を行おうとしないのか、私は不思議でなりません。
必要な医療費から仕事に集中できないための損害まで含めると、花粉症による年間の損失は、おそらく何百億円、へたすれば何十兆円にもなるはずです。

杉山は、山の保水能力がほとんどありません。
杉の根は比較的浅く、台風で土砂崩れが起きやすい要因にもなっています。

国が杉の栽培を奨励したのは、確か昭和30年代だったと思いますが、その結果、水源の枯渇や台風被害の増加が生じ、そのために河川工事等も大々的に必要になり、自然の景観は損なわれ、あげくのはてに杉の価格は暴落し、杉山を整備する費用すら確保がおぼつかない状態になりました。

もちろん、当時はこうした結果までは見通せなかったでしょうし、今も国が無策でいるわけではありません。

けれど、こういう写真…恐ろしい量の花粉が飛んでいる光景を見せつけられれば、私は山を焼き払いたいとさえ感じます。
怒りで目の前が赤く感じるほどです。

行き交う人の顔の多くに、マスクが付けられています。
これが当たり前の風景であって良いはずがありません。

21世紀の公園で